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高3から都政を学ぶ

18歳、小池百合子政治塾に入塾

友への同情は、堅い殻の下に隠れているのがいい

ドイツの哲学者ニーチェはかつてこう言った。

希望の塾に入塾してから、早2ヶ月が過ぎた。

 

今のままでは胸を張って希望の塾生です!とはいえない。なぜならば、あまりにも希望の塾生同士のコミュニティ構築方法がひどい。

 

もちろん、講義内容は素晴らしいもので、学ぶことも多い。また、レベルの高い先輩方も多くいる。ほとんどの方が政治を学ぼうと集まり、上記に当てはまるだろう。

 

ただ、しかし、ごく一部の塾生の方がFacebookグループを中心に聞くに耐えない議論、投稿、抗議を行っている。もはや、議論とも言えないレベルなのかもしれない。いや、批判を覚悟で言うが、議論なんてものではない。

 

もちろん、意義ある投稿や議論を行っている素晴らしい先輩方も多くいらっしゃる。ただ、ごく一部の塾生により、塾内の秩序が乱れている。

大きく分けて2つある。

 

まず1つ、塾生専用のFacebookグループは出会い系サイトではない。

 

「おはようございます」「本日は〜をしました」こんなことがテーマの投稿は個人ページに投稿すべき。

 

本日は小池先生にお会いし、先生はこんなことを必要としています。ぜひ立ち上がりましょう。

 

と言った、一歩踏み込んだ意義ある投稿はあるべきだし、なくてはならないと思う。

 

日記は各自のページでお願いしたいものだ。何百人何千人という人々が近状報告を一気にしたらどうなるだろうか?少なくとも政治経済を勉強したいと志す方なら想像がつくでしょう。

 

最後に、メディアでもいろんな意味で話題の「百合子コール」について。

 

題名にあげた、「友への同情は、堅い殻の下にあるのがいい」というニーチェの言葉にあるのみ。

 

友とは塾生にとって、小池先生、七人の侍、小池先生と戦う議員やスタッフの方、そして何より他の塾生だ。

 

本当に同情し応援しているのなら、その感情は表に出さず見守り続けるのが人間としての美徳なのではないか。

 

私はそう思う。

 

応援したい気持ちもわかる。しかし、多くの目で見て考えてほしい。百合子コールをメディアを通して見る世論の目、黙々と日々東京のために働いている中、百合子コールを受ける小池先生自身の目、挙げればきりがない。

 

そうすれば、応援の仕方も違う方法になるのでは無いか。少なくとも高校三年生から見る百合子コールは、かっこいいものではない。

 

「最後に」

この記事を投稿するか本当に迷いました、この議論をしている時点で塾の秩序を乱しているのではないだろうかと思ったからです。

 

しかし、僕のこの投稿でこのような本質からずれた投稿や議論が終わればという思いで、投稿しました。

 

※このブログはあくまでも、大庭啓太の主観であり、これとは違う考え方があることも承知しています。

 

これらは道徳的な問題で様々な批判もあるでしょう。

 

しかし、私は批判のメッセージも受け止め、感謝して拝見させていただきます。

 

大庭啓太